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ISO9001取得 fujimori survey & design Co,ltd.


ISO9001:2000 取得奮闘記
文:(株)藤森測量設計 主任監査員 小倉利之



1、キックオフ

平成12年7月1日、35万本の白樺林に迎えられ太陽とオゾンのこだまする岩手県山形村・平庭山荘に於いて、佐々木社長よりキックオフ宣言がされました。
 毎年行われている幹部職員会議での席上です。これまでも、社内
OA化・建コン登録また、社内組織の変更・強化等、21世紀に生き残るための、様々な活動を展開してきました。
 今回は、ISO(InternationalOrganization for Standardization)9001:2000の取得です。
 東北の片田舎にある中小企業にとって、国際規格ISOは何の為に必要なのか、もっと他に力を注ぐべきではとか、正直言って幹部職員のほとんどが上の空で聞いていたのではなかったでしょうか。
 グローバルスタンダード(世界標準)、ボーダレス化が定着しつつある今日、初物に対する警戒心、又は標準音痴は我が社も例外ではなかったようです。
 あれから1年6ヶ月が過ぎ、ついにこの春(2002/01/4)取得にこぎつけたのです。ゴールではありません、スタートラインに立ったのです。
 今回の執筆に祭し、ISO9001:2000
を取得するまでの間、自分の役割、体験を中心にステップ毎に紹介したいと思います。
 また、これから取得をめざす方々に、少しでも参考になれば幸いです。
 


2、プロジェクトチームの選抜そして結成

 さっそく編成されたのがエンジン部分となる品質管理室のメンバーです。
 主な仕事は、品質マニュアル・様式の作成、作業環境の整備・保全、啓蒙活動など、品質システムを構築する為のけん引的役割であり、統括的に管理するチームです。
 とはいいましても、メンバーそれぞれが各自の仕事をこなしながらの急造チームです。簡単にメンバーを紹介します。
 まず佐々木社長です。多方面での外交・営業活動が超忙しく、他のメンバーとの日程調整に苦労しました。しかし、連絡体制を強化し状況報告を細密に行うことで進捗状況の把握・確認を徹底しました。
 技術顧問の古賀氏は、技術士として研究歴も豊富で、今回のシステム導入にあたっては最大の貢献者であります。一方では、(社)全国測量設計業協会連合会のISO9000及び14000の推進委員の任にあたり、東北各県の講義に派遣されるなど大忙しの1年6ヶ月だったと思います。
 
管理責任者の藤森専務はタフネスです。本社・北上・盛岡を睡眠時間も惜しみ東奔西走し、得意分野である情報技術を駆使しながら、仕事にシステム構築に貢献されました。
 品質管理室長の小林総務部長は、当社の窓口として、様々な情報収集からシステム構築全般に於いて統括し、扇のかなめ的存在でした。
 そして私です。成果品実現部分の担当として、あるいは主任監査員として、システム構築の具体の部分で参画しました。主に7〜8章担当です。藤森専務、小林部長と私の3人はお互いの情報を共有化するため、定期的な品質管理室会議以外でもミーティングを重ね、意志の統一に努めました。以上の5人ですが、社員による品質マネージメントシステム構築の為のプロジェクトチームであります。
 そして、いよいよコンサルタントの菊池登先生からアドバイスをいただきながら、白紙からのスタートとなったのです。

3、品質マニュアル(一冊型)は手づくり
 
 規格の要求事項が1994版から2000年版に切り替わったことにより、事前に収集した資料、参考事例等が実質使えなくなったことが、私たち素人集団には大きな打撃でした。
 
サンプルもない状態で、とりあえずスタートしたものですから、マニュアルの外郭も2転3転し、下位文書をどうするか、様式のスタイル・業務品質計画書の作成等、実際の業務形態と照らしながら、随時改善した状態です。
 ですから、お察しの通り、当初の予定通りとはいきません。段階が進むにつれて、形も見えてきますし欲も出てきます。
 要するに“2歩進んで3歩下がる”という時期が、とても長かったように感じます。 特に苦労した点は、品質マニュアルを一冊型にしたことです。
 通常は下位文書を設け、管理項目毎に手順書、規定書等が分冊される場合が一般的であり、参考事例もあったのですが。あえて一冊型にしました。
 それは、マニュアル運用の初期段階に於いてできるだけ文書・記録類を少なく、内容も簡潔にすることで、まず社員全員への理解・浸透を第1に考えたことです。
 また、成果品実現のプロセスアプローチを考えた場合、受託から納品までどの程度規定書で定めるか、あるいは要求するのか、ということがネックになりました。
 というのも、年間200件超のプロジェクトにおいて、我々コンサルティングの業務形態からして、内容は千差万別です。
 したがって、共通項目のみマニュアルで一本化し、特異項目(業務内容・工期・受託金額)は業務毎にプロセスを明確にし、様式集・業務品質計画書とリンクさせることにより、トレースも可能にしました。
 品質マニュアルの、たたき台は技術顧問の古賀さんに作成してもらい、実際の業務との整合性のチェックは、チーム内で章毎に分担し、また成果品実現における各部門の詳細については直接業務に携わる担当者を交え現実との差異が生じないよう、尚かつ、規格の要求事項を満たすよう調整しました。
JIS(要求事項)の講習会、内部監査員講習、また旧版(‘94年版)と新版(‘00年版)との比較対象など、繰り返し要求事項に関する勉強をしましたが、仲々本来の言わんとしている意味を導き出せず苦労しました。
 
また、掛け持ちメンバーによる急造チームのため、通常業務の進捗を計りながら、また、顧客とコンタクトをとりながらのマニュアルづくり・システムづくりでしたので、社内、社外問わず大変でした。
 顧客重視をかかげながら「ISOが忙しく対応出来ません」なんて言えませんし、チームへの理解が乏しい社員には「そんなことより稼げ・・・」なんて言われそうだし。
 
とにかく時間がほしかったのです。ですから、システム構築活動は夜作業に、又は家にお持ち帰り、という生活を余儀なくされました。寝不足の毎日です。キックオフ直後の、基準点講習、はじめての橋梁設計(2橋)、各種管理台帳など、私にとって、ひな形のない新業種が大きくのしかかり、さらに、7月7日発生七夕豪雨災害は忙しさに拍車をかけました。


4、広報誌「ISOだよりは必見だより」

節目には、品質管理室会議の内容を中心に、広報誌「ISOだより」を発行しました。 これは、QMSの啓蒙活動を含め、品質管理室の進捗状況を理解してもらうことと、社員全員の歩調を合わせる事が目的です。内容は様々で、形式張ることなく、適当な節目にリリースしました。
 たとえば、カタカナ語とか横文字を見れば鳥肌が・・・、という社員のための用語解説(当社向け)、ISO勉強会にむけて・・・とか。今後の予定等々、その時々のタイムリーな話題を提供するものです。
たったパソコンのネットワーク(共有ホルダ)に掲載したのも全員が閲覧でき良かったと思います。


5、ストップ The マンネリ(内部監査)

 社員が社員を監査する。また、年功とは無関係に監査する者と監査される者の立場に分かれるのです。
 マネージメントシステムの中でも、まさに画期的な章であり、これまでのマンネリズムの概念をみごとに粉砕しました。
 そもそも、出来上がったマニュアルは、40年間蓄積したノウハウをベースに文書化したものであり、実施状況をチェックし是正指摘しながらさらに上質の成果品を提供させるのが内部監査です。
 本審査までに2回実施しました。1回目は、監査の練習みたいなもの、まだ準備段階ということもありましたが、監査する方もされる方も認識がかなり薄かったように思います。
予備審査で言われました。「内部監査が あ・ま・い」と。とても、ショックでした。やらない部門がわるいのではなく、それを受け入れた監査側に重大な問題がある。ということでした。
 若い監査員が、上司を監査するという、
ISOならではのシステムでもあり、ついつい遠慮した結果が1回目の内部監査でした。
 結果的にマニュアルに沿わない監査をしていたことになります。

 品質マネージメントシステムの理解が深まるにつれて徐々に内部監査の役割が重要であることがわかってきました。
2回目はそうはいきません。1週間(11/1〜11/9)にわたり徹底的に監査しました。各部門1日がかりです。監査員の全体打合せ、監査チームによる事前打合せ等を細密に行い、目的・重点項目・チェックリスト等を整理・照査した上、実施しました。
 
結果、是正指摘事項も現実的で的を得ており、ホローアップ監査も理にかなった形で処理されておりました。それぞれの監査員が、特段に上手くなっておりました。そして、すばらしい報告書を得ることが出来ました。
 内部監査員の人には、業務の傍らどちらかというと非情にやりにくい役目を全うして頂きました。ご苦労様さまでした。
 今後共、よりよい成果品を提供し、顧客満足度の向上を図るため、私たちの出来る範囲で貢献したいと思います。
 また、若い社員の中から機器管理・書籍管理・ソフト電算管理等、各分野の保管責任者として奮闘して頂きました。
 若い社員に対しては否応なしに任務を託しましたが、若い技術者の育成が急務となっている昨今、専門技術の取得はもちろんですが、社会的・人間的なメンタル部分での成長も同時に重要になってきます。
 そんな中、書籍・器機・ソフト管理など直接成果品に影響を与える分野でしたが、その大切さをよく認識しルール・システムを確立してくれました。苦労した分自己にとっても会社にとっても今後の財産になることでしょう。
 


6、予備審査、本審査を受審して

審査は、発注者に変わって行う第3者的監査であります。緊張の連続でした。審査は問答無用です。かなりの時間を費やし勉強し積み上げてきたのに、ふとしたところを、いとも簡単に指摘されます。
 俗に言う「燈台もとくらし」あるいは第3者的視点から自分をみる事が出来ていない証です。
 しかし、ここが手づくりマニュアルの強み、特に背伸びしたわけでもないし、外部機関に願って作ったものでもありません。いくつか是正指摘を受けましたが、指摘内容の理解、及び修正も早く、順応性には優れていると感じました。
 また、内部監査を徹底した効果もあったと思います。受審にして特に感じた事が3点あります。
 第1点は、顧客重視です。すべてがこれに向かって進むわけですが、あらゆる記録・文書類にしても規格を重んじるあまり無作為に作ってしまうと、自分たちで決めたことを守れないばかりか、無駄な管理費用がかかる一方です。
 基本は、規格の条文が何を言わんとしているかを理解し、常に原点に戻るということです。
 第2点は、品質目標の設定です。1994版と2000年版と大きく異なる部分です。具体的な尺度を持ったもので目標設定に対し評価できるもの、という観点から、どの部門もパーセンテージで設定しておりました。
 登録段階はやむを得ないということでしたが、たとえば、顧客情報・クレームあるいは、営業的な受託目標、など旧来に比較し進歩の度合いを計れるもの、ということになるわけです。P(プラン)・D(ドゥ)・C(チェック)・A(アクション)の初期段階(P)に於いての難関ですね。
 
第3点は、受審というより、取得活動を通じ自分たちの問題は何なのか、病の根っこはどこにあるのか、など多くの事を考えさせられました。
 その他にも、情報の共有化、業務内容の明確化、あるいは検証・内部監査等で、潜在的なミス要因を発見したり、駆除したりと、少しづつではありますが、顧客・社員・会社にとっての満足度アップの基礎固めが確立されました。
 パソコン等の操作マニュアルとは異なり、私たちの業種では100社100葉の品質マニュアルが存在します。そして、完結編はないわけで日進月歩のごとく、
P
・D・C・Aのローリングが続くわけです。
 それにしても、1994年版から2000年版に切り替わった直後の取り組みであり時期的にラッキーだった。


7、おわりに

新世紀を迎えた今日、大幅な公共事業削減による不況の波が、地方の時代とは裏腹に、急速なスピードで浸透してきました。
 
昭和36年創立の我が社にとっては厄年、昭和34年生まれの私にとっては後厄、互いに40代の狭間に立って、がむしゃらに前に前にと進んできました。
 
未来は何一つ確実なものはありません。不況だからといって、じっとしているのではなく、こんな時だからこそ、品質システムを確立し、不透明な21世紀を歩き続けるため、忍耐強く、されど柔軟に、知識及び基礎体力を身につけておく事が重要になってくると思います。
 
ワークシェアリングが今、話題となっております。来年度から学校も完全週5日制になります。社会環境が徐々に進化していくなかで、私たちも仕事と家庭を両立しながら、その時代にあったISOに取り組んでいかなければならないと思います。
 
最後になりましたが、認証取得を語る時、忘れてならないのは、創立以来40年間勤められ、先代社長(故 藤森前会長)をサポートし続けてきた佐藤テイ子さんの功労です。苦難の時代を乗り越え今があるのです。しかし、本審査の当日、ご永眠されました。本当におつかれさまでした。そして、ありがとうございました。
 
当社には40年の歴史があります、輝かしい伝統があります。激動の昭和を生き抜き、バブル崩壊に耐え、さらに数々の失敗もすべてが今日までの道のりだったのです。
 
21世紀は我々の時代。1日も早く当社に即した品質システムを確立し、低コスト・省資源、リスクの回避等、認証取得によるメリットを最大限に活用し初期の目的を達成しなければならないと思います。
 
これからです・・・真価が問われのは。
 おわり







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